「歴史でわかる科学入門」の「第26章 生命の小さな箱」まとめ

顕微鏡による微生物学の発展。

・17世紀、レーウェンフックは小型の顕微鏡を使って血液細胞とハエの脚の毛を観察した。その後、顕微鏡の発展により生物の構造をさらに詳しく調べられるようになった。

・顕微鏡の改良が進んだ1830年代には、生物に欠かせない構成単位は細胞であり、すべての動植物は細胞で構成されていると主張する学者が現れた。細胞内で何が起きているかを観察する科学者の数も増えていった。細胞内部の構造も観察され、それぞれに名前がつけられる。

・ただし、腐りかけた肉や澱んだ水から生じるように見える微生物がどこからやってくるのかについては説明がつかず、論争となっていた。この微生物がなんらかの方法で発生したと考えるのが「自然発生説」。最終的に、自然発生はないとする説が勝者となった。

勝者の説を主張したのがパストゥール。

ルイ・パストゥール(1822-95)

・フランス人化学者。微生物の働きを解明したいと考えていた。

・自然発生はないと考えており、自然発生説を支持するフランス人科学者フェリクス・プーシェ(1800-72)との公開論争という形で解明が進められた。

・プーシェは、パストゥールが考案した器具を使って実験した結果、自然発生が起こりうる証が得られたと解釈した。これに対しパストゥールは、結果が自分の期待通りでなかったのはプーシェが器具をきちんと洗浄しなかったからだと考えた。

・結局、論争を制したのはパストゥールだった。

・パストゥールの業績については次章に続く。

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