「歴史でわかる科学入門」の「第25章 地上最大のショウ」まとめ

現生する種と化石で見つかる種にはどのような関係があるのかを明らかにしたダーウィン。

チャールズ・ダーウィン(1809-82)

・父と祖父は成功を収めた医師。祖父エラズマスは動植物の進化についての仮説を提唱していた。

・父はダーウィンを医師にさせるためエディンバラ大学に入学させたが、興味があったのは博物学や生物学だった。外科手術を見学して体調を崩し、医師になるのは無理だと悟る。

・牧師になるため、エディンバラ大学を辞めてケンブリッジ大学に入った。ここで植物学や地質学の教授たちとの友情を育むことができた。

・1831年12月から1836年10月まで、ダーウィンは知り合いの誘いによって博物学者として船で世界各地をめぐった。この時の日誌が現在は「ビーグル号航海記」の名で知られている。

・帰国後に調査旅行で収集した標本の研究と執筆に励み、いとこのエマ・ウェッジウッド(ウェッジウッド創業家の2代目の娘)と結婚。9人の子供が生まれた。

・1859年、「種の起源」を出版。この本の中心になっているのは二つの理論。

・ひとつめは、「自然選択が有益な形質の生き残りを優遇する」というもの。ふたつめが、「自然選択は野生の状態で長期間をかけて作用し、新しい種を生み出した」というもの。

・「種の起源」の考え方に従うと、自然界の非常に多くの現象に説明がついた。ただし、ダーウィンは、遺伝が起きたことはわかってはいたが、そのしくみについてはあまりわかっていないことを自覚していた。

・「種の起源」は大論争を巻き起こしたが、ダーウィンはさらに研究を続け、進化論を納得いく科学理論に発展させた。

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