「歴史でわかる科学入門」の「第28章 エンジンとエネルギー」まとめ

・1770年代、イギリスの技師マシュー・ボールトン(1728-1809)や発明家のジェイムズ・ワット(1736-1819)などの野心形は鉱山や工場で蒸気機関を利用した。彼らがイギリスの産業革命を推し進める大きな流れを作った。
・産業革命は、科学の進歩によって可能になった蒸気機関の改良による、動力の大幅な増加に頼った革命だった。
・産業革命期に機関の研究に打ち込んだ人物の中でも傑出した存在がフランスの技術将校サディ・カルノー(1796-1832)。
当時、フランスとイギリスは熾烈なライバル関係にあった。彼は蒸気機関の「効率」に着目し、効率を測定するための方程式を考案した。
・ドイツの物理学者ルドルフ・クラウジウス(1822-88)は熱の流れを研究し、「エントロピー」という新しい概念を物理学に導入した。エントロピーとは、ひとつの系における無秩序の度合いを示す尺度である。
・1840年代には、エネルギーをテーマとする「熱力学」の研究者たちは、無からエネルギーを生み出すことも、エネルギーを完全に消すこともできないという「エネルギー保存の法則」を見出した。
・イギリスのマンチェスターの物理学者J.P.ジュール(1818-89)は、熱と仕事の関係を研究した。彼の名はエネルギーや熱量の単位を含め、いくつかの単位に使われている。
・物体にどれだけ熱が含まれているか、つまり「温度」を測定しようとした人たちもいる。ガリレオは「測温器」づくりに取り組んだ。
・温度計の歴史の初期に、2種類の目盛りが考案された。ひとつはドイツの物理学者ダニエル・ガブリエル・ファーレンハイト(1686-1736)が考案したもの。彼は水銀とアルコールを含む温度計を使い、その目盛(華氏温度目盛)では水は32度で凍り、人間の平熱は98.6度になる。もう一つの目盛はスウェーデンの物理学者・天文学者のアンデルス・セルシウス(1701-44)が考案した摂氏目盛。彼は水が凍る温度(氷点)を0度、沸騰する温度(沸点)を100度とした。これらは今でも使われている。
・スコットランドの物理学者ウィリアム・トムソン(1824-1907)は別の目盛を考案した。トムソンはのちに爵位を授けられてケルヴィン卿となったため、彼の考案した目盛は「ケルヴィン温度目盛」として知られる。
・ケルヴィン温度では、すべての動き、エネルギーが停止する温度を0度(絶対零度)とした。水の氷点は273.16Kとなる。
・19世紀の間に「エネルギー保存の法則」、「エントロピー増大の法則」、「絶対零度では原子が完全に停止する」という法則が、それぞれ熱力学第一法則、第二法則、第三法則となった。
・蒸気機関の後、さらに新しいタイプの内燃機関が考案され、揮発性の高いガソリンを燃料として動く自動車が登場する。


