「歴史でわかる科学入門」の「第32章 世界を変えた科学者ーアインシュタイン」まとめ

マックス・プランク(1858-1947)
・ドイツの物理学者。1890年代、40歳の頃に、最少の電力で最大の光を発する電球を開発する方法を探るため、理論と実験の両方に取り組んでいた。
・吸収されるエネルギー量がその光に固有の波長(振動数)によって左右されることに気づき、方程式で表した。
この方程式では、エネルギーが小さなひとかたまりになって現れることを意味する。プランクはこのひとかたまりのそれぞれを「量子」と呼んだ。1900年にこの研究成果を発表した。
アルバート・アインシュタイン(1879-1955)
・チューリヒの特許局で働きながら空いた時間に物理学に取り組んでいた。プランクの実験の真価をすぐに見抜いたひとりだった。
・1905年、3本の論文を発表し、有名になる。最初の論文はプランクの研究を発展させたもので、この論文が1921年のノーベル賞受賞につながった。1世紀前のトマス・ヤングにより光は波の性質を持つと知られていたが、同時に粒の性質も持つと主張した。これはのちに「光子」と呼ばれるようになる。
・次の論文は「特殊相対性理論」。すべての運動は相対的なものであり、別の何かとの関係でしか測定できないというもの。
彼は、進行方向とは関係なく、光の速度が一定普遍であるということを明らかにした。さらに、有名な方程式を発表し、質量とエネルギーと光の速度との関係をまとめた。
・1916年、「一般相対性理論」を発表する。重力と加速度の関係と宇宙の構造についての彼の考えを紹介するものだった。
この理論は、宇宙空間が曲がっていることを明らかにし、それまで物理学者たちが説明できなかったいくつもの現象について予測を提供した。
・アインシュタインは「神はサイコロを振らない」と言い、宇宙は因果律に従っているという信念を持ち続けたが、プランクの量子論を採用した物理学者たちは異なる結論に達した。
エルヴィン・シュレーディンガー(1887-1961)
・オーストリアの物理学者。原子の外部軌道上の電子の振る舞いを記述する新しい方程式「波動方程式」を作った。これが量子力学の始まりとなる。ニュートンが極大の事象に対してしたのと同じことを極小の事象にたいしておこなった。
・ナチスから逃れるため、アイルランドのダブリンに行った。
ヴェルナー・ハイゼンベルク(1901-76)
・1927年に「不確定性原理」を提唱する。人間が知ることができるものには限界があり、電子の運動量または電子の位置のどちらかを知ることはできるが、いっぺんにその両方は無理だという考え。アインシュタインはこの原理を誤りだと証明しようとしたができなかった。
ポール・ディラック(1902-84)
・イギリスの量子力学の研究者。原子と亜原子粒子の量子的な振る舞いについての方程式を作った。
・彼の方程式が成り立つには正電荷を持った粒子が必要だったが、数年のうちに「陽電子」が発見された。
・陽電子の発見によって、原子の構成要素が陽子、電子、中性子以外にもあることがわかった。



