「歴史でわかる科学入門」の「第29章 元素を表に」まとめ

・化学が現代的なものになったのは19世紀のことだった。19世紀の初め、化学者たちはドルトンが提唱した原子論を受け入れた。続いて元素記号の表記法ができた。
・化学者たちはさまざまな元素の多様な化学反応に気づき、合成と分析という二通りの方法で実験を始めた。それらによって、元素自体にプラス(正)かマイナス(負)のどちらかの傾向が見られるということ、たがいにくっつく傾向のある原子の集団があり、集まった原子がまるでひとまとまりのように行動する、ということがわかった。ひとまとまりの集団は「基」と呼ばれ、正か負かの性質を帯びている。
・産業用の化学物質が工場で作られるようになり、化学の研究は重要度が増し、道楽から職業となり、急速に発展していった。
・1860年、現代化学の誕生を促す化学の国際会議が行われる。会議の目標は、化学物質と、原子と分子の性質を定義するための用語について、各国の化学者の見解を一致させること。3日間の会議では完全な合意にはいたらなかったが、この時、ロシアのシベリア出身の化学者ドミトリ・イヴァノヴィッチ・メンデレーエフ(1834-1907)も出席していた。
・メンデレーエフは、確認されている多くの元素を体系的に整理したいと考えていた。彼は原子量の順番に元素のリストを作り始め、1869年に自分の仮説を発表する。
・彼が「周期表」と呼んだものには空欄があちこちにあった。そこに入るべきはだ発見されていない元素があるはずだと考えた。
しかし、当時はまともに取り合う化学者はほとんどいなかった。
・1870年代から80年代にかけて、メンデレーエフが周期表をもとに予測していた元素がいくつも発見された。周期表の空欄が埋まり始めると、その評価が高まっていった。
・初の化学の国際会議開催の立役者だったドイツのアウグスト・ケクレ(1829-96)は、構造研究の先駆者となった。ベンゼン環を思いつき、化合物を族に分類する方法を教えた。
・結合のパターンを示す「原子価」という用語も生み出された。


