「歴史でわかる科学入門」の「第23章 恐竜の発掘」まとめ

・19世紀初めに恐竜の化石が発見され、1822年にフランスで「古生物学」という言葉が作られた。
・化石が「かつては生きていた植物や動物が石化した残骸」という今日の意味になったのは18世紀に入ってからのことだった。
・絶滅した動物がいたことを社会に納得させた科学者がフランスのジョルジュ・キュヴィエ。
ジュルジュ・キュヴィエ(1769-1832)
・解剖学に強く、動物の構造の比較に才能を発揮した。特に興味があったのは魚。
・動物は生きている機械であり、ひとつひとつの部分に適切な目的があると主張した。
・動物の体内のすべての部分が連携していることに気づいていた。
・動物の身体の一部を見ただけで、その構造と生態について言い当てることができた。さらにその能力を化石にも適用した。
・シベリアで大型の象の遺骸が凍った状態で発見された。キュヴィエはこの象を調べ、これが現生するいかなる象とも異なり、絶滅したに違いないと考えた。
・有史以前の世界という概念を確立するのに貢献したのが以下の二人のイギリス人。
メアリー・アニング(1799-1847)
・イングランド南部の沿岸で貧しい家具職人の家に生まれた。幼い頃から海岸へ化石を探しに出かけ、科学者や収集家に売って家計を助けた。兄ジョゼフとともに化石を採集販売業を広げていった。
・1811年、二人は巨大な生物の骨を発見した。全長が推定5m、それ以前に発見されていたどんな生物にも似ていなかった。
・ひれがあり、水中を泳いでいたことから「イクチオサウルス(魚竜)」と命名された。
・その後も驚くべき化石をいくつも発見して名声を収入を高めたが、化石探しがブームになると競争が激しくなり、生計を立てるのが難しくなってしまう。
ギデオン・マンテル(1790-1852)
・たくさんの化石が出土するサセックス地方で家庭医として開業していた。忙しい本業をこなしながら化石の研究に励んだ。
・1820年代には見たことのない種類の歯を発見した。イグアナのような歯だったことから「イグアノドン(禽竜)」と命名された。
その他、現在生息していない動物の化石をいくつも発見した。
「恐竜」の登場
・「恐竜(dinosaur)」という言葉が最初に使われたのが1842年。「恐ろしい強大なトカゲ」というような意味だった。
・「恐竜」という言葉を提唱したのはイギリスのリチャード・オーウェン(1804-92)。恐竜の研究をきっかけに科学者として出世し、「ロンドン自然史博物館」の前身の創設に尽力した。
・1851年、ロンドンで世界初の万国博覧会が開かれた。ハイド・パークに建てられた巨大な建築物「水晶宮」が会場となる。
・博覧会の後、水晶宮はシドナム公園に移設され、世界初のテーマパークが作られた。恐竜や有史以前の生物がそのテーマで、巨大な復元模型がいくつも作られ、設置された。
・恐竜が絶滅したのは約6500万年前。小型の恐竜の子孫が鳥類。


