フェルメール「地理学者」とレーウェンフック

17世紀オランダの画家フェルメールの「地理学者」。

この絵のモデルは科学の世界では「微生物学の父」として知られるレーウェンフックかもしれないといわれています。

フェルメール「地理学者」1669年

フェルコリエ「レーウェンフックの肖像」1680年

服装や髪型は似ていますが、同一人物かはなんとも言えませんね。。。

世界的に有名なこの二人にはどんな関係があったのか、また、レーウェンフックはどんな人だったのでしょうか。

フェルメールとレーウェンフックは同郷同年生まれ

フェルメールとレーウェンフックは二人とも1632年にオランダのデルフトに生まれ、わずか数日違いで洗礼を受けました。

また、生涯をずっとデルフトで過ごしたというところも同じです。

フェルメールは1675年に40代で亡くなりますが、その時にレーウェンフックはデルフト市から遺産管財人に指名されます。

これが現在わかっている二人が関わりを持った唯一の事実ですが、レーウェンフックは他の人の遺産管財人にも指名されていたため、彼らが直接知り合いだったと断言することはできません。

債務を整理した結果、フェルメール家には破産が宣告されました。

一方、レーウェンフックは科学の世界に業績を残して90歳まで生きました。

ただし、彼はもともとは科学とは全く無縁の世界の人物だったのです。

レーウェンフックとレンズ

レーウェンフックは16歳で父と死別し、学校をやめて服地店で働き始め、21歳で独立しました。

織物商であった彼には、小さく完全なレンズを作る趣味がありました。

織物の業界では糸の本数が多いほど布地の評価が高かったので、彼は毎日拡大鏡を覗いて糸の本数を数える必要があったのです。

彼はその作業を自作の特製顕微鏡で行っていました。

レーウェンフックの顕微鏡のレプリカ

直径1mm程度の小さい球状のガラス玉を金属の板にはめ込んだもので、200倍にも拡大することができました。

レンズが小さければ小さいほどカーブがきつくなり、そのことが驚異の倍率につながったというわけです。

微生物の発見

ある日、レーウェンフックはよどんだ水の一滴を自作の特製レンズで観察しました。

そこには、肉眼では見えない微小な動物が、一滴の水の中を動き回り、生まれたり死んだりしていました。

彼以前には誰も見たことがない世界が広がっていたのです。

その後彼は、虫、植物の細胞、動物の肉、毛髪など、あらゆるものを観察し、それらについて入念に、正確に描きとめました。

血液が毛細血管の中を流れるのを初めて観察したり、赤血球や細菌の発見もしています。

イギリス王立協会の会員になる

レーウェンフックはこれらの発見を秘密にしていたわけではありませんでした。

1674年、イギリス王立協会に自分が発見した水中の微小生物についての手紙を書き、スケッチを添えて送りました。

協会の人々は最初は驚き、信じられないという反応を示しました。

が、会員のロバート・フック(*)がレーウェンフックの説明の通りに顕微鏡を制作して観察したところ、彼と同様のものを観察することができました。

(*)ロバート・フック:イギリスの科学者。顕微鏡を使って初めて細胞を観察し、「cell」と命名した。

その後も彼は次々と手紙を送り続けました。

1680年にはこれまでの業績が認められて、王立協会の会員に選ばれました。

レーウェンフックは生涯に375編の研究論文を協会に送り、27編の論文をフランスのアカデミーに送りました。

オランダのデルフトの織物商が、一度もその地を離れることなく、科学の分野における業績のために、世界的に有名になったのです。

レーウェンフックは顕微鏡を初めて発明したわけではありませんが、それを初めてうまく使いこなし、今日の生物学のほとんどすべての分野の基礎を独りで築いたのでした。

おわりに

世界的に有名な画家フェルメールと、

彼と同じ年に、同じデルフトで生まれた一人の織物商が、卓越した技術で科学の世界にも歴史に残る功績を残した。

当時のオランダという国の凄さなのでしょうか。大変興味深いと思います。

*画像は全てWikipediaより引用しました。

*ペットボトルとガラス玉でレーウェンフック式の顕微鏡を作って実験してみました。

 その時の記事はこちら→「レーウェンフック式の顕微鏡を作って細胞を観察する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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