ロイスダール「ワイク・バイ・ドゥールステーデの風車」と風車(2)
「ロイスダール『ワイク・バイ・ドゥールステーデの風車』と風車」、1回目は風車の起源からオランダでの水車の発展と普及までを述べました。今回はオランダ黄金時代の到来と本題の作品についてです。
17世紀はオランダの黄金時代
1602年、オランダの東インド会社が設立されます。
世界初の多国籍企業で、17世紀中頃には世界最大の民間会社となりました。
各地から輸入した香辛料やココアなどの食料品が大量に出回りましたが、これらの粉砕に風車が利用されました。
それ以外の用途、製紙、精油、製粉にも幅広く使われ、風車はなくてはならない動力となりました。
1594年、オランダ人のコルネリショーンは風力を利用した製材用ののこぎりを開発し、これによりオランダの造船業は大きく発展し、他国の軍艦を製造するほどになりました。
産業の成長に伴い、経済システムについても、保険や年金制度の確立、中央銀行の設立など今までにないレベルまでに発展しました。
このような、社会と経済の成熟を土壌として花開いたのが芸術です。
17世紀はオランダ絵画の黄金時代でもある
フェルメールやレンプラントなど数々の巨匠たちが活躍したオランダ絵画の黄金時代。
裕福な市民が芸術のパトロンであった当時のオランダでは、
宗教画や歴史画よりも、現実的で親しみやすいテーマが好まれました。
本題のこの作品もまた、リアルな風景をテーマに描いたものです。
作者のロイスダールは当時最も成功した風景画家でした。
風車や船など、しっかりと描き込まれたオランダの繁栄の象徴。
背景の広い空に勢いとボリュームある雲が広がるスケール感。
これらが絵の注文主をいたく喜ばせたことは想像に難くありません。
その観点では、この作品は、画家が本当に感動した風景を写実的に描いたのではなく、
パトロンの業績を賞賛し喜ばせるもの、王侯貴族にとっての立派な歴史画や肖像画のような意味合いを含んでいると考えられます。
少なくとも、旅先や観光地の風車が気に入ったから描いた、というのと比べて、気持ちや取り組み方が大きく異なるのではないでしょうか。
オランダの風車のその後
今まで述べたように、17世紀オランダは経済、社会、文化のめざましい発展と成熟を遂げました。
その驚くべき水準を支えていたのが、空気を利用したエネルギーシステム、すなわち風車だったのです。
このシステムは19世紀まで続き、当時オランダには1万社を越す風力関連事業がありました。
そして同じ頃、海の向こうのイギリスでは、蒸気の力が社会を変えようとしていました。
ちなみにイギリス人のワットによる蒸気機関の実用化は1769年です。
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風車については、さらに次回、「ルノワール『ムーラン・ド・ラ・ギャレット」と風車」に続きます。
前編のロイスダール「ワイク・バイ・ドゥールステーデの風車」と風車(1)はこちら